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 養老二年(718)に奈良、長谷の徳道上人がこの西国三十三カ所の各観音霊場を開創された当時、この霊場は世人に知られることはありませんでした。そして番外霊場というものはなく、三十三カ所の観音霊場のみであったのです。
 そして後世、この霊場を世に広めることになったのが花山法皇の巡礼でありました。この花山法皇の当霊場に対するご功績は西国三十三カ所の各札所の御詠歌が全て花山法皇の御製であることでも判ります。
 その花山法皇が巡礼の途次に立ち寄られ、その御感に召し晩年隠棲され法皇の菩提寺である当山にお詣りすることは、花山法皇のご浄行に敬意を表すという意味で、また巡礼の開祖の花山法皇にお縋りして自らの巡礼も無魔成就するようにと願う為に、巡礼者としてけっして欠くことの出来ぬ決め事となりました。
 本来当山は薬師如来を御本尊とするお寺なのですが、そこに観音霊場を巡礼する人達が、先に述べた理由によりお詣りをするようになったのです。そこで初めて西国観音霊場に番号外の霊場の存在を見ることになりました。この花山法皇ゆかりの寺として、当山の他に法皇が剃髪された元慶寺(京都山科)があります。そしていま現在、開祖の徳道上人をお祀りする法起院(奈良長谷)と合わせて、この3カ所のお寺が西国観音霊場と深いゆかりがある故に番外寺院となっています。
 番外とはただ単にあるのではなく、そこには先人に対する深い感謝と尊崇の意味が込められていることを理解してお詣りしましょう。

 ですから本来、西国観音霊場の番外霊場は 花山院菩提寺 元慶寺 法起院 の3つをお詣りすればいいのです。しかし現在の掛軸等では、番外枠が3つ以上設定されているものもあり、この3つのお寺だけでは完成出来ないものがあります。
 その場合、西国観音霊場とは直接の深いつながりはないですが、巡礼者として宝印をお受けしてもいいお寺として、
 四天王寺(大阪) 高野山奥の院(和歌山) 善光寺(長野)などのお寺が挙げられます。またこのような掛軸等は仏事の時にも使いますので、各家が属する檀那寺の宗派ご本山で宝印をお受けになられても結構です。
例、曹洞宗 → 永平寺 天台宗 → 延暦寺 浄土宗 → 知恩院 真言宗 → 高野山
などです。なお浄土真宗の東西本願寺には巡礼者お授け用の宝印はありませんのでご本山としての印を頂くことは出来ません。

 
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